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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)73号 判決 1972年11月30日

控訴人

奥原有礼

右代理人

高山侃一

被控訴人

和孝商事株式会社

右代理人

山本博

外一名

主文

控訴人の請求を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

控訴人が前記請求原因(一)記載のとおり、訴外会社に対して債権を有することは、<証拠>により明かであつて右認定の妨げとなる証拠はない。次に、訴外会社が昭和三六年九月一三日その所有にかかる本件建物につき訴外早川清四郎のために債権元本極度額を金二、一〇〇万円とする控訴人主張のとおりの根抵当権設定登記をしたことは、当事者間に争いがなく、右根抵当権設定登記がなされた当時、訴外会社が早川清四郎に対して同年七、八月頃自己振出にかかる金額一、三五〇万円の約束手形による債務を負担しており、右債務が上記登記にかかる根抵当権の被担保債務となつていたこと及び被控訴人が早川清四郎から右根抵当権を被担保債権とともに譲受けたことは控訴人の自認するところであり、また、被控訴人が右根抵当権の実行によつて、被担保債権について一部の弁済を受けたことは、当事者間に争いのないところである。

ところで、本件におけるように、債務者が一部の債権者のためにその所有不動産に担保権を設定した場合には、たとえ債務者がその当時債務超過の状態にあつたとしても、右担保権設定の行為が他の債権者を害するものとして詐害行為取消の原因となるかどうかは疑問であるといわなければならない。これを担保権の設定を受けた一部債権者と債務者との関係について見るならば、債務者は単に自己の所有不動産上に担保権を設定したに止まり、そのこと自体はなにら債務者の財産の減少を来たすものではなく、また債権者も、単に自己の債権についてこれが弁済を得る手段を確保したに止まり、債権者が自己の債権について弁済を得た場合と同様に、担保権の取得によつて特別の利益を得たものとすることはできないのである。ただ他の一般債権者に対する関係においてのみ、担保権の設定を受けた債権者は、担保権の取得によつて他の債権者に優先して自己の債権について弁済を受けることができるのであるから、その限りにおいてその債権者は他の一般債権者に比して特別の利益を得たということができるのであり、また、一部の債権者のためにする担保権の設定によつて、他の一般債権者の債権の満足に供し得べき債務者の財産は当該担保権の被担保債権額の限度において減少を来したということができるのに過ぎないのである。従つて、問題は、民法第四二四条の定める債権者取消権の制度は、第三者が債務者からその財産を無償又は不相当に低廉な対価で譲渡を受けたというような場合に、一般債権者に対し、その財産若しくはその価額又はその財産の譲渡価額と正当価額との差額を受益者である第三者から回収してこれを自己の債権の満足に供する手段を与えることを目的とするに止まるものであるのか、又は更にこの目的の範囲を越えて、一部の債権者が他の債権者に先立つて自己の債権について弁済を受け、又は本件におけるように、かかる優先弁済を確保するために担保権の設定を受けることを妨止することによつて、一般債権者に対する平等弁済を保障することまでを目的としたものと解すべきものかどうかということに帰着する。

従来の大多数の先例が採用した見解によれば、例えば、一部の債権者が他の債権者に先立つて自己の債権について弁済を受けた場合には、右弁済の当事者に債権者詐害の事実についての認識があることを条件として詐害行為の成立を認め、他の債権者は右弁済の効果を否定して一部の債権者が弁済によつて受けた利益、金銭債権の場合であれば弁済として支払を受けた金員の返還を請求することができるものとされているのであつて、従来大多数の先例が債権者取消権の制度の目的を一般債権者に対する平等弁済の保障と解していることは明らかというべきであろう。しかしながら、若しこの見解が正しいものであるとするならば、取消権を行使する債権者は単に自己の有する債権額の限度においてのみならず、弁済の全部の効果を否定して、一部の債権者が弁済によつて得た利益の全部の返還を請求し得るものとすべきであり、また、取消権者は取消権の行使によつて回収し得た利益を全債権者(このなかには取消権の行使を受けた一部の債権者も含まれるとすべきであろう)のために管理し、各債権者の債権額に応じてこれを全債権者に配分すべきものとするのでない限り、平等弁済の実を挙げることはできないこととなるわけである。しかるに、この平等弁済を実現するための手段方法については、実体法上においても、また、手続法上においても、法律にはなにらの定めがなく、また、この立法の空白を解釈によつて補うことも、単に困難というに止まらず、不可能というべきであろう。されば、従来の先例の見解においても、取消権者は単に自己の有する債権額の限度において債務者が一部の債権者に対してした弁済の効果を否定し、右債権額の範囲内においてのみ一部の債権者が弁済によつて得た利益の返還を請求し得るものとされる反面、取消権者が取消権の行使によつて回収した利益については、これになにらかの法律上の制限が附着しているものとして、その処分に制限を加えるべきものとはされていないのであつて、取消権者は、結局、取消権の行使によつて回収した利益を自己の債権の満足に充てることを妨げないのである。しかしながら、このことは、一部の債権者が自己の債権の弁済を受けることによつて他の債権者の有する平等弁済の利益を害したことを理由に、その一部の債権者が弁済として受けた利益を奪い、これを取消権者に与えることを意味するのであつて、取消権行使の結果は、却つて、同じく一部の債権者であるに過ぎない取消権者に優先弁済の利益を付与することに外ならない。即ち、かくては債権者取消権の制度が目的とした平等弁済の実を挙げることはできない筋合であつて、この制度の目的を一般債権者に対する平等弁済の保障と解する限り、以上のような結果が生ずることは、法律上の制限としては自己矛盾というより外はないのである。しかして、一般債権者に対する平等弁済を実現するための手段として破産の手続、特に破産法における否認権の制度が定められていることを併せ考えれば、債権者取消権の制度が上述したような自己矛盾ともいうべき結果を生ぜしめることをもつて、たやすくこれを法律の規定の不備によるものとして、責を立法に帰することはできないものというべきである。

当裁判所は、従来の幾多の先例にもかかわらず、上述した理由のもとに、民法の定める債権者取消権の制度は、一般債権者に対する平等弁済、即ち債権者平等の原則の実現までをも保障することを目的とするものではなく、受益者が債務者から無償若しくは不相当に低廉な対価で財産の譲渡を受け、又は自己の債権に対する弁済に代えて債権額を超える価額の財産の譲渡を受ける等、受益者が債務者の行為によつて実質上においても利益を得たと言い得る場合において、他の債権者が受益者から右利益を回収してこれを自己の債権の弁済に充てることを可能ならしめることによつて債権者の保護を図ることを目的としたに止まるものと解するのであつて、またかく解することによつて、債権者詐害の事実については受益者又は転得者の悪意を推定し、善意を主張する者に挙証の責任を負わせている法律の規定の合理性も首肯し得るのである。従つて、一部の債権者が他の債権者に先立つて自己の債権について債務者から弁済を受け、又は本件におけるように、一部の債権者が自己の債権の弁済を確保するために債務者所有の不動産について根抵当権の設定を受けたような場合には、取消の原因たるべき債権者詐害の事実の成立する余地はそもそも当初からないのであつて、若し右の弁済又は担保権設定の効果を否定するのでなければ一般債権者保護の目的を達することができない場合には、すべからく破産手続にその救済を求めるべきであり、詐害行為取消の手段に訴えるべきではないのである。

なお、債権者取消権が成立するためには債権者詐害の事実について受益者又は転得者が認識を有することが要件として定められているところから(もつとも法律の規定の上では受益者又は転得者に善意であつたことについての挙証の責を負わせているのではあるが)このことを根拠として債権者取消権の制度の目的が一般債権者に対する平等弁済の保障にあることを説明しようとする見解も有り得るわけであるが、この見解もまた正当であるとは言い難い。いま一部の債権者が他の債権者に先立つて自己の債権について弁済を受けた場合を例に取り、この場合にも詐害行為が成立するものとするならば、弁済を受けた債権者はその弁済を受けることによつて他の債権者の債権の全部又は一部の弁済が不可能となるべきこと、即ち債権者詐害の事実について悪意であることを必要とするわけであるが、取消権者が取消権を行使することによつて一部の債権者が弁済により受けた利益を回収し(この場合における取消権者は詐害行為における転得者又は転得者に準ずる者として考えることができるであろう)これを自己の債権の弁済に充てるときは、取消権者以外の他の債権者の債権の全部又は一部の弁済が不可能となる結果を招来すべきことは自ら明かであつて、取消権者自身、さきになされた弁済が他の債権者を害することについて認識を有するのは勿論、自ら取消権を行使するに当つて、その取消権の行使自体がまた債権者詐害の結果を来たすべきことについても当然にこれを予見し得たものというべきであろう。してみれば、受益者又は転得者の悪意が詐害行為取消の要件として定められていることを根拠として、債権者取消権の目的が一般債権者に対する平等弁済の保障にあるとするときは、債権者取消権を行使することそれ自体がまた、詐害行為となるものとして取消の対象となり、債権者取消権の行使は竟にその止まるところを知らないという奇異な結論を生ぜしめざるを得ない。

これを要するに、債権者取消権なる制度の目的が一般債権者に対する平等弁済の保障にあるとする見解については、これを正当とすべき合理的根拠を発見することができないのであつて、控訴人の本訴請求は、訴外会社が訴外早川清四郎に対し負担する上記認定の債務の担保として同訴外人のために本件建物に根抵当権を設定した行為が債権者詐害の事実に該当することを前提とするものである以上、爾余の争点についての判断を俟つまでもなく失当たるを免れない。

よつて控訴人の本訴請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条及び第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(平賀健太 石田実 安達昌彦)

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